個人クリニックを事業承継したらどんな税金?営業権の所得区分

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個人のクリニックについて、事業承継をする際に売却をする可能性もあります。このとき、売却した個人の医師に対してどのような税金がかかってくるのでしょうか。それは、所得税です。

今回は、どういった所得税がかかるのかという点を加味して考えます。それに対して、医療法人の場合の売却も感得てみます。比較として読んでみてください。

もくじ

所得区分とは?

事業譲渡の所得発生

所得区分とは、個人が得た所得を、その性質によって区分する制度のことです。どの所得になるかによって、税率が変わってきます。

クリニックを譲渡するということを考えると、

  • 建物を売却する
  • 土地を売却する
  • 設備を売却する
  • 営業権を売却する

という側面があるでしょう。

売却した際に、土地であればその簿価と売却価格との差が出てきます。仕訳で例示をすると、

日付借方貸方摘要
4月27日現金預金
3,000万円
土地
土地売却益
2,000万円
1,000万円
病院の土地の売却

税率

このように売却した際に、土地売却益1,000万円に対して譲渡所得として課税されます。税率は、5年以内の土地保有かで分かれます。なお、5年かどうかは、売ったときではなくて、売った年の1月1日時点で5年以内か超かを判断します。

土地や建物は、分離課税の対象です。他の所得とは分けて税率が決まります。下記のように分かれます。

  • 5年以内(短期譲渡所得の税率)
    • 所得税30%+復興特別所得税0.63%+住民税9%=合計39.63%
  • 5年超(長期譲渡所得の税率)
    • 所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%=合計20.315%

税率以外の、長期譲渡所得

税率以外に、利益から所得の額を出す際に差が出てきます。それは、計算上2分の1にできることです。

所得の金額の計算差

  • 短期譲渡所得    利益-特別控除=譲渡所得
  • 長期譲渡所得    (利益-特別控除)×1/2=譲渡所得

例えば、短期譲渡所得なら、利益―特別控除が1,000万円だったとしても、長期譲渡所得の場合は、これが500万円になります。この部分だけ見ても出てくる税額は半分ですね。税率も異なりますので、もっと差が出てきます。

営業権とはなにか?

さて、営業権とはなにかを考えてみましょう。建物や土地のように見えるものではないので、分かりにくいです。簡単にいえば、営業権とは、あるお店や会社のお金をもらう力やお客さんを引きつける力のことです。

例えば、おもちゃ屋さんがあるとします。そのおもちゃ屋さんがたくさんのお客さんを呼び込むために、たくさんのおもちゃをそろえたり、楽しいイベントを開催したりしているね。人を引きつける力があるお店です。そして、そのお店を譲渡するから、引きつける力も売ると考えられます。この力に名前をつけると、営業権となります。

事業承継の譲渡では、営業権(この見えない引きつける力)を譲渡すると考えて対価をもらいます

分かりやすいようにもう少し、具体例を3つ紹介します。

  1. 人気のケーキ屋さん
    このケーキ屋さんは、美味しいケーキで有名で、いつもたくさんのお客さんが来ます。そのお店の営業権は、美味しいケーキを作る技術や、お客さんに喜んでもらえるサービスがあるから、他のお店と差別化できていると考えます。これが引きつける力ですね。
  2. 便利なコンビニ
    このコンビニは、家の近くで、24時間営業していて、いろんなものが買えます。そのコンビニの営業権は、立地や品ぞろえ、利便性があるから、お客さんがいつでも来やすくて、売り上げが上がっていますね。一般的そうなお店であっても、このように営業権が存在します。
  3. 有名なテーマパーク
    このテーマパークは、楽しいアトラクションやショーがたくさんあって、家族みんなで楽しめます。そのテーマパークの営業権は、独自のキャラクターやアトラクションがあるから、他の場所とは違った楽しさを提供できています。当然、営業権があります。

このように、営業権は、お店や会社がお客さんに魅力を感じさせて、売り上げをあげる力のことです。

営業権の譲渡の所得区分の比較はどうなるか?

では、この営業権の所得区分はどうなるでしょうか。ケーキ屋さんとクリニックで、売ったときの利益が同じだと仮定してみます。

ケーキ屋さん

先ほど出てきたケーキ屋さんの営業権を売ります。この場合は、譲渡所得に該当します。そして、土地や建物と違うのは、総合課税の譲渡所得として計算されることです。

クリニック

クリニックの例の場合、実は譲渡所得ではなく、雑所得に分類されることになっています。

所得区分の違いによる差

ケーキ屋さんとクリニックと両方ともに1,000万円の利益が出ているとしましょう。また、5年超の事業としておきます。

  • ケーキ屋さん
    • 長期の譲渡所得:(利益-特別控除)×1/2=譲渡所得
    • (1,000万円ー50万円) x 1/2=475万円
  • クリニック
    • 雑所得
    • 1,000万円

これだけでかなりの差ですね。    

裁決の例

これだけ所得の差が出るものなので、争いもあります。国税不服審判所に不服の申立がありました。しかし、結局否認されて、クリニックを譲渡した場合の所得は、事業所得でないとされました。内容を少し確認しておきましょう。(平29. 5. 8 福裁(所)平28-9)

争点のポイント

診療所が営業権を有しているかどうか。
(話は少しずれるので、おいておいてかまいませんが、請求人は、営業権と認めてもらい、減価償却費をその対価から差し引きたい意図がありました。)

あらましと国税不服審判所の裁決

請求人は、お医者さんであるご夫(本件配偶者)の診療所がすごくお金をもらえるから、その診療所を引き継いだ時に払ったお金は、所得税法で言う営業権の対価だとであり、その営業権に関するお金を経費に入れたいと主張しています。

しかし、営業権というのは、お店や会社が特別な技術や場所、信用などがあって、他のお店よりもっとお金をもらえる力があるときに使われる言葉です(本ブログの最初に確認しましたね)。

お医者さんの仕事は、そのお医者さんの知識や患者さんとの信頼関係が大切で、本件配偶者の知識や信頼関係は、診療所に客観的に見える形で現れていないと考えられます。さらに、調査の結果でも、その診療所が他の診療所よりもお金をもらえる力があることが証明できないため、本件金員は営業権の対価とは認められず、営業権に関するお金を経費に入れることはできないとされています。

結果として、営業権の係る費用ではないとされました。

事業所得でないの補足

上記だけでは、事業所得でないことを確認できましたが、譲渡所得でないことの確認にはなりません。実はこの説明は、税理士事務所の売却による所得の判断例が昭和にありました(昭42.7.27直審(所)47)。この内容から、下記のように判断されたものが引き続き根拠となっていると考えます。

一身専属性の事業であり、企業権とか営業権の譲渡とは考えられず、関与先のあっせんによる所得とみて雑所得とする。

まとめとして

クリニックの譲渡を考えたときに、その所得は雑所得になり、他の所得に分類された場合よりも税金を多く取られます。争点にもなったことがありますが、覆すのは容易ではなさそうです。

ケーキ屋さんを売った場合と比較しましたが、公平でないと考えるかもしれません。

こういうときは、別の方法で利益を整理したり移したりする方法が取られます。その点は、機会を見てまとめようと考えます。

事業を譲渡する一端を感じてもらえたらうれしいです。

もくじ